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「おれんじドア三鷹」の定例会を訪問しました。

「おれんじドア三鷹」の定例会を訪問しました。

11月29日、三鷹市新川三丁目地区公会堂で開催されている「おれんじドア三鷹」の定例会を訪問しました。

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最初に、木々の紅葉が盛りの地区公会堂前にある丸池公園で、代表の成清一夫さんのリードのもと、気功体操をしました。
気温が急に冷え込んだ朝でしたが、体操をして、深呼吸をすると、徐々に心身がほぐれて、温まってきました。

その後、地区公会堂の室内で、各自が今日の気分を話しました。
難聴で、人との会話がなかなかしにくくなったと近況を話す人。
毎日生きるのがだんだん大変だと思うと話す人。
団地の窓から外を見ているだけの日々なので、ここに来るのが楽しみと話す人。
今朝もお水が美味しくて、とても幸せと話す人。
自分は九州男児だから仕方がないけれど、その血を引き継いだ息子二人が寄り付かない。けれども、時々誰だかわすれてしまうお嫁さんとは心が通じ合ってきているので、自分も肩の力を抜いていきたいと話す人。

お一人おひとりの今日の気分は、長くはない短いひと言ですが、それぞれの<命>を感じるひと言です。

その後、認知症当事者の佐藤雅彦さんの著書『認知症になった私が伝えたいこと』(大月書店)の一部を輪読して語り合いました。

佐藤さんは、このように書いています。ほんのほんの一部を抜粋します。

【本人へ】
一日一日、そしてこれからの人生を、ともに有意義に生きていこうではありませんか。失った機能を悩んだり、嘆いたりするのではなく、残されている自分の能力を信じましょう。

【家族へ】
記憶障害のために、同じことを何度も言ったり、何度も聞いたりするかもしれませんが、どうか本人の話を聞いてください。

【地域の人へ】
認知症の人を、自分たちと違う人間だと考えるのではなく、ともに歩む仲間だと考えてください。

認知症当事者の本の一部を読んで、改めて、認知症を正しく理解して、当事者の声を聞き、偏見を持つことなく、当事者とともに暮らしていきたいとの想いを共有しました。
そして、それが決して容易でないことも語り合いました。

私の両親は晩年、それぞれに病気や加齢による軽度の認知症でした。
私は市長在任中でしたが、一人っ子でしたので、両親の介護や看護は私が担いました。
私の二人の娘はもちろんのこと、病院や老健施設の医師、看護師、ケアマネジャー、介護福祉士、理学療法士の皆様のご協力をいただき、両親の看護や介護を果たすことができました。
その経験からも、地域における支援のネットワークがあることは大変に心強いと感じます。

成清さんは今、「認知症のある人とこれから認知症になる人三鷹協議会」への参加を呼びかけています。
11月には井の頭地区で活動が始まりました。
今後は、駅前周辺地区や井口・野崎・深大寺地区でも活動が始まるように働きかけているそうです。
おれんじドア三鷹の皆様の活動の継続と広がりが期待されます。

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