桜桃忌にて
6月19日、「桜桃忌」を迎え、三鷹市下連雀にある禅林寺を訪問し、太宰治のお墓をお参りしました。
この日は太宰治のご遺体が発見された日であるとともに、太宰治の誕生日でもあります。
そこで、太宰治生誕の地の五所川原市では、1999年から「桜桃忌」を改めて「生誕祭」として、太宰治の誕生を祝福し、その文学の価値を顕彰しています。
2009年、太宰治生誕100年の年の6月19日、私は五所川原市芦野公園での「生誕祭」に参加しました。
その日は、文化勲章受章者の彫刻家である中村晋也氏が作成した生誕100年記念銅像の除幕式もあり、三鷹市長在任中の私は太宰治が家族と暮らし、多くの作品を残した「太宰治が生きたまち」である三鷹市を代表して除幕にも参加しました。
式の後で、当時はご健在であった長女の園子さんと写真を撮りました。
今年は晴天でしたし、コロナ禍も少し落ち着いていることもあるのか、去年よりも多くの墓参の方がみえていました。
そして、去年よりも多くのさくらんぼ が供えられていました。
私は、お元気な頃は、太宰治賞贈呈式の際に、受賞者に花束を贈っていただいてきた園子さんを偲び、太宰治のお隣に眠る園子さんのお墓にも祈りを捧げました。
太宰治の斜向かいにあり、太宰治がこの人のそばに眠りたいと言っていた森鴎外(森林太郎)のお墓にもお参りしました。
2人の文豪が眠る禅林寺、そのご住職の木村得玄さんも幸いご在宅でしたので、在りし日の園子さんを偲んでしばしの間語り合いました。