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令和6年・2024年三鷹市民謡連合会の「新年会・歌い初め」に参加しました

令和6年・2024年三鷹市民謡連合会の「新年会・歌い初め」に参加しました

三鷹市民謡連合会の新年会に参加しました。

若瀬進一会長は、開会の挨拶で、今年は会場が取れずに1月ではなく2月の開催となり、会員の皆さんは他の予定と重なったりして例年より参加者は半数となったとともに、能登半島の被災地のことを思うとおめでとうと言えない中での新年会であると挨拶されました。
私は、若瀬会長に続いて、相談役として挨拶の機会をいただいたので、「ここに私たちが元気で集まれたことを幸いと思い、被災地を応援するためにも元気に楽しく民謡を歌って過ごしましょう」とお話ししました。
続いて戸塚相談役のお声がけで、参加者で能登半島地震被災者への募金をしました。
そして、会員の皆様から、ぜひ私も民謡を一緒に歌うようにとの強力なお誘いがあり、約30曲のプログラムの内、私にも歌える「荒城の月」「南国土佐を後にして」「佐渡おけさ」を歌詞を見ながら歌いました。

今年の新年会では、民謡連合会も他の芸術文化団体と同様に、会員の高齢化や減少傾向がある中、特に若い世代の参加の意義が一層大切なことに思いました。
たとえば、中学校2年生の土居みつきさんが、「秋田人形甚句」を元気いっぱいに歌いました。
その時には、高校3年生の若瀬晃太朗さんが三味線を弾き、中学3年生の土居じゅんやさんが、太鼓をたたきました。
また、若瀬晃太朗さんは、三味線演奏だけでなく、「武田節」を朗々と歌い上げました。
3人の若者の澄み切った美しい声と、力強い演奏は参加者に元気と勇気を与えてくれました。
民謡連合会の皆様は、市内の公立学校で三味線や民謡について巡回指導をする機会を持ってきましたが、カリキュラムの関係もあり、頻繁にそうした時間を持つことは困難です。
また、最近のこどもたちの場合は、水泳、ピアノ、吹奏楽などに比べると、三味線や民謡に触れる機会はほとんどないといえます。
そうした中にあって、この日に参加した若いメンバーも、受験やその他のクラブ活動などとの関係で、民謡についての活動の継続は容易ではないかもしれません。
とはいえ、若い世代にとって、幼い頃に民謡、三味線、尺八、太鼓といった日本文化に出会い、歌唱や演奏を経験していることは、これからも一人ひとりの人生の大切な意味となることを確信します。

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